2012年12月30日(日)

雨の音が静かに響きます。

アジトよりtotonaです。

”思い込みは、自分が中心かもしれない”

とこの間、書きました。

そのあと、改めて考えてみました。


この思い込みという思考には2種類ある気がします。

1つは、前回書いた
”相手のことを想っての思い込み”

もう1つは
”自分への思い込み...というよりも思わせ込み”

自分に対する思い込みはものすごく大切で
驚きのパワーに変身してしまうことがある。

そう思う。
(無理はそこそこいい時もあるけど、むちゃあかんと思ってます。
 心身共に壊れる可能性ありです)

できたらいいなぁ~~。
行けたらいいなぁ~~。
こんなことしたいなぁ~~。

という願望的に願うんじゃなくて

○○できる!
○○にいく!
○○をする!

そう自分で思い込むことは、時に必要で
それがどんなに小さな事でも、1つ叶えられたたびに、
少しづつやけど、自分を信じてあげることができる。

例えば、学生時代にたぶん経験者多数の跳び箱。

5段を飛ぶのが精一杯でも

「8段飛べるようになれるといいなぁ~~」

ではなくて

「絶対8段を飛べるようになるねん!」

って”決めて”、自分は8段を飛ぶって思い込む。
その瞬間の爽快感まで、”想像”したりする。
(決めることも大切やし、
 想像力はありとあらゆるところで役立ってくれます)

すると、自分がどういう行動をしたらいいのかが分かってくる。

魔法使いは現れないから

とにかく、コツコツと地道に努力するしかないんやけど

思い込みによって目標が決まってるから

周りが何を言おうが、揺るがない心で取り組める。
目の前の”今すべきこと”が見える。

それが達成できたとき

「私、出来たやん♪」

と、ひっそり喜びを噛み締められる。

こういう、
ささやかに思えるような思い込みによる達成感の積み重ねで

自分を信じることができると感じてる。
自分を信じれれば、人も信じれる。

その中で生まれる信頼関係は貴重やと想う。


新しいしたことがないような取り組みでも

簡単ではないけど、努力し続ければ必ずその先には
形が多少違えども、納得のいく自分の描いた夢が叶ってる。

と感じれる。

これって生きていく旅では、”壁を越える”というのかな。

思い返せば、こんな思い込みの積み重ねで

「よし。登りきってみせる。見ててよ 私!」

って登ってきた壁はたくさんある。

きっとみんなもそうなんやね。

どんな楽しそうな人にも、どんなに幸せそうに見える人にも
見えない裏舞台はあると思ってる。
人の裏舞台は、案外見ない気がする。

自分は自分を諦めない。
自分は自分に負けない。

思い込みって素晴らしい力です。

1つ決めてることがあります。

ここ4年の間に、頂いた年賀状・お手紙などに
返事を書いてません。

ごめんなさい。

大切に持っています。

時々、読み返しては、元気をもらっています。

何年かかるかわからないけど、必ず返事書きます。

ありがとう。

それぞれに大変なこともたくさんあると思います。
それでも、今日を明日を楽しもうという心が
楽しいを運んできてくれるから。

今日が無事、終わることに感謝。

みなさん。

良いお年をお迎えください。

totona


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1年以上、次々を花を咲かせ
眠ったり、起きたりして楽しませくれた雑草さん。

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もといた場所に帰りました。
最後の1枚まで、可愛かった。

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扇風機の羽のような花が咲いて驚かせてくれた雑草さんには

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なんと根っこのところから小さな芽がでてきました。

一人のアジトで
生き物がいるって素敵やなぁと感じさせてくれた
雑草さんファミリーに感謝。

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思い込みは、中心が自分かもしれない。

夜の9時になると、辺りがひっそり静まります。
時折聞こえる、港からの汽笛に
「おっ♪」
っと敏感に反応してます。

アジトよりtotonaです。

思い込み。
これに気付くのは難しいかもしれない。
そんな気がする。

大人になればなるほど、自分の持ってる枠で考えてしまう。

大切に想う相手のことを、
ただひたすら考えて出した答えのはずやったのに

「なんか違うんちゃう???」

という心の違和感で、もう1度よく考え抜いたら

それは、勝手な思い込みでした。

原因は、自分の気持ちを中心に考えてしまってたこと。


”相手はこうすることが、1番幸せになるだろう。”


なんと自分勝手な思い込みなんやろう。

”言われた相手がどういう風に感じるかな?”

そんな疑問を、
簡単なことのようなのに、つい見逃してしまってた。

わからないときは、
素直に自分の気持ちや想いを言えばいいねん。

どうすれば、1番幸せかは話し合えばいいねん。

そう思いました。

人との関係は、信頼と尊敬があってこそやと思ってる。

身近でも、友達でも、ちびっことでも、親子でも。


どんなに心が通じてると信じてても、
言葉には魂が入ってる。

1度、空気に乗って伝わった言葉は、
後からの言い訳は通じない。

これからも、気を付けよう。

「自分を信頼してくれてる相手の気持ち」

人は人に成長させてもらうんやなぁ。

まだまだ成長中です。

もうすぐクリスマスですね。

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メリークリスマス☆

totona-mei

量りでは測れない。

こんばんは。

この冬やってきた毛布が昼夜 大活躍の
アジトよりtotonaです。

頑張ったやん!

って、いったいどうやって、自分で測ったらいいんやろう???
よく疑問に感じてたことの1つ。

ずっとたぶん 物心付いた頃から

「よし!自分はめっちゃ頑張ったやん」

って心から思えなかった。

芽生えてくるのは

「もっと頑張ろう!次は今より頑張れる!」

という気持ち。

この想いが、なんかタイミングのあかん時期は
絶好調に自分をしんどくしてたんやなぁと気づきました。


振り返るのは嫌いじゃない。

一区切り着いた時
ゆっくり振り返って 自分が進んできた道を
確認したりすることが、大切やと思うのです。


リセットも好きじゃない。

悲しいことも辛いことも、間違った選択も
生きてきた証やと思うし、これからの人生の旅の糧になる

いろいろな事で間違いに気づいたら、
方向転換は、いつだってしてもいいんやね。

って、大人になっていくうちに思えるようになった。

失敗から、学ぶことはめちゃくちゃ多い。
どんどん転んで、壁にぶち当たって、
必死で登って そこで新しい景色を感じたい。


それでも、ふと頑張ってきたんかな?

って思うと、自分を褒められへんかったり、認められへんかったり
責めてみたり、そんな気持ちになってしまう。

これではあかんやろう。なんかあかんやん。


”頑張り量り”で測ると

50の力しか 出せへん時もあったり
思わず120の力が出てしまって ふらふらになった時もあっり

頑張ったけど68くらいの力加減やったなぁと落ち込んでみたり。


そこで、考え方を変えてみました。

「一生懸命できたかな」

って思うことにしてみた。

すると、

「あの時は、自分なりに一所懸命、精一杯やったやん」

ってホロリと言えたりする。

みんな、頑張った分だけ しんどい想いをしてるんやね。

一生懸命やったら、それが周りからみてサボってるように見えても
誰かが褒めてくれなくても、わかってもらえなくてもええねん。

時々、自分に向かって

「50の力なら出せて、一生懸命やれたよね」

って言ってあげる。

そしたら、スっと気が楽になる瞬間がきっとある。


年を重ねるって素晴らしいなぁ。
気づかなかったことの多さに気づかしてもらえる。

振り返ったというより、クローゼットを掘り返して
こんなん出てきました♪

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ヴォーグ学園在学中に創った課題の1枚。

子供たちが小学生の時に
「モンスターボールが回ってるみたいにしてぇなぁ」
の笑顔のリクエストで創ったポケモンセーター。
(ヴォーグの課題をしながら 母 夜なべ)

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2年越しで着用だったので全体に寸法を伸ばしてる!


子育て中のお母さんの私が
ニットデザイナーを目指してた私が
その時、一生懸命に日々を生きてる。

振り返って、あの頃の自分を見れてよかった。

totona-mei