ただ思いを話せるありがたさ

書きたいことは、たくさん・・・
でも、上手くも下手にも、心の中を文字にすることは難しい。

最近やっと体を休める大切さがわかりました。

全く期待したなかった鍼灸(先生ごめんなさい)
占い師ですかというほど、体調も当てるが私の感情を当てる。
あててるんではなく、身体をさわったり、脈や顔色でわかるらしいが・・・

喜怒哀楽・・・
今まで、私は小さい頃から、怒りに鈍かったわけではなく、
この怒をしまいこんでたような気がする。
今は、感情のコントロールができないので、言っていい事と悪い事の
区別があまりつかない。

思ったまま話すと相手を傷つける・不快にさせる・・・
でもどの言葉がそれにあたるのかわからないので、言わないことにした。

でも、鍼の先生には、
こんなことが腹が立った!!!!!
あんなことががまんでけへん!!!!
あっちが痛い・こっちも痛い!!

と、わりとぶちまける。「ふんふん」と聞きつづけてくれる。
この存在のありがたさ。

私には、言葉をただ聞いてくれるという存在がこれほど
大きなものだったのか生まれて初めて知った。
(心療内科の先生とは、時折けんかになるので、
 言葉を選ぶ・最高にええ先生やけど)

心療内科の先生にも、確認した。
「なんもしたらあかんかったら、何したらええの?」と

先生いわく
「1時間、用事でも、本を読んでも、TVをみても、編み物をしても
 1時間たったら、その倍は横になれ!
 あんたは加減がわかってないから、なんもするな!言うたんや」

「先生!横になってる間、想像や空想はしていい?」
「楽しいもんやったらええで」

こんなお許しももらった。
先生が、この間
「絶対、元気にしてやるからな」と言ってくれた。
”ほかの病院にいく!紹介状書いて!”とかなんとか、
喧嘩したり、言い合いもしたけど、
本気で患者さんのこと心配してるんやなぁ・・・・

あらっ 以外と長文。
totona

2011年

2011年がやってきました。
年がかわると、何かがかわるような気がして、
春になったらやる気の芽がめばえてくれるような気がして・・・
秋になったら、何かおもしろい発想がうまれるような気かして・・
どいういつもりなのか期待して過ごしてきたように思う。

もう覚悟はきめました。

病んでいた期間が15年以上と、長すぎるからもとに、もどるのは
難しいと言われたけど、なぜか昔から私には、
”根拠の全くない自信”というものがあり
(このせいで、いろんな場面でたいそういじめられました)

「もとにもどられへんねんやったら、それもそれでいいやん わたしやん」
と思えるようにもなりました。

出口はどこにあるかわらへんけど、今の自分がどんな状態なのか
わかることができるようになりました。
(これ、大進歩です)

そして、脱出を試みて、見事に転がり落ちたり、
どっかにひっかかろうと、つめをたててもげてみたり
いろいろ、体験できないことを、体験できました。

現在も体験中ですが、以前のようにやみくもに、もがくのはやめました。
結局、どんどん自分のことが嫌いになっていくだけです。


今は、どうやって私を楽しませようか・・・
そんなことを考えています。
でけへんことを、悔しがるのは飽きるほどしました。

気が付いたことがあります。
自分が楽しめないと、周りにいる人も楽しくないということ。
自分のことを認めてあげないと、人のことも認めることができない。
ほかにも、今までにないことたくさん気づきました。

人にしたことは、いつか自分に返ってくるということも・・・
当たり前のことかもしれへんけど。

毎週、通ってる鍼灸のおかげか、おまじないのおかげか、
瞑想のおかげか、できるかぎりのことはしてるのでわかりませんが
今、やっと睡眠薬で眠れるようになりました。

眠れることのありがたさ・・・
眠れない人の苦しさ・・・

totona 44歳 人生まだ半分しか生きてないひよっこです。
この1年、すき放題ではなく、良い意味で自分勝手に
生きてみようと思っています。

1年後の今日 このブログをもう1度読み返してみようと思います。