寄り道、回り道。

何かしても何もしなくても どんな時も
1日は終わって、新しい1日は始まるんですね。

2月になりましたね。
totonaです。

思いついたように時々、自分の歩いてきた道を振り返る。

その道は、合理的なレールのように一直線では繋がってない。
今日の今という日の到着地点までも
ぐねぐねと曲がりくねってる。
壁にも何回もぶち当たってる。
回り道もたくさんしてる。

もしもタイムマシンで過去に行けたら 私は自分に言ってしまうやろうか。

「こうしたほうが、楽やで」
「こっちのほうが安全やで」
「この道を進んだら、早いし苦労ないで」

それやったら、タイムマシンがなくてよかった。
未来は見えなくていい。自分で創っていくんやから。

数え切れない失敗も、たくさんしてきたけれど
その分だけ、心の引き出しにいろんなものが詰まったなぁ。
引き出しの数も増えたなぁ。
そんな気がする。
それがいろんな場面で、生きていく糧になった。
だから、失敗なんてないんやね。

寄り道、回り道で、素敵な出逢いもたくさんあった。
レールに乗っかって進んでたら、たぶんきっと出逢えない。
誰かの創った道を、たどって歩いても出逢えなかった。
その道のりで本当の人の優しさも教えてもらえた。
だから、意味のない寄り道はないんやね。

到着地点までは、寄り道も回り道もあるもんやって
わかってたら、それを楽しむ余裕もできるよね。

”余裕なんて、微塵もない”

なんてこともあるけど、そんな時もあってええやんと思う。

それでも、心と体には、休憩という寄り道が必要な時がある。
それが必要のない人だってたくさん居てる。

そんな時、よく言われる。
マニュアルでもあるのかというくらい。

「なにもしなくていい。ゆっくりしたらいい。頑張らなくていい」

これは簡単なようで ものすごく苦痛な寄り道 回り道。
罪悪感や自己嫌悪まで生まれてきたりする。

”なにもしなくていい ”そんなことないよ。

ゆっくり休むのだってパワー使うし気も使う。

「なにもしなくていい」

っていう愛情のある言葉が、
まるで人間失格みたいに聞こえてしまって
その気持ちを理解してもらえなくて
前にも後ろにも進めなくて ただもがくこともあるよね。

「頑張らなくていい」
なんて言われたら、生きててもいいのかさえ わからなくなるよね。

それでも、休憩が必要な回り道では、
簡単じゃないし時間もかかるけど
ただ好きなこと、ただ楽しいと思えることを
ほんの少しだけ頑張って探して

次に繋がらなくていい。次になんて繋がらなくていいねん。
心が楽しいと思えることをくるくる変えてみたり
ゆるゆるとしていくことが大切やと思う。

決めることも大切やけど、
なんにも決めないことも大切な時期もあるんやね。

そんな回り道が、いつのまにか内側にも外側にも
しっかりとパワーを貯めてくれる。
じわじわすぎて気付かへんくらいやけど。

パワーが貯まったら、なんだってできる。

今、休憩という回り道が必要な人は辛くて苦しいね。

期間が限定されないことが1番しんどいけど
必ず、自分の道に出るから。

だって、レールに乗っかって楽に進んでこなかったから
誰かが創った道を歩いてこなかったらから
休憩が必要になっただけやもんね。

私は、十分に回り道という休憩をしたから
また道を創りながら壁を登りながら歩いていきます。
今度は、そこそこの休憩を取り入れながら。

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メール復旧完了しました。

こんばんは。

totonaです。

メールの送受信ができるようになりました。
返事がおそくなってごめんなさい。
メールをありがとうございます。
めっちゃ嬉しいです。

5年越しに目標が一つ叶いました。

「年賀状を出す」

文字を読むこともできなくなったあの頃
左手は握り拳さえ作れなくなるくらい、
痺れて震えてMRIを撮っても脳に異常がなく
(異常があるように祈った)
すべての事が、たった4文字の
「ストレス」
と言う言葉で 何もかも終わることのない闇に
何度も何度も 何度も突き落とされた。

2001年12月6日に心療内科に連れていかれ
2008年やっと付いた病名は「うつ病」だった。

いつか書きます。
うつ病は治るという物語を。


「ストレス」
という姿のないものに怯えることがほとんどなくなりました。

人生を物語に例えたら
第一章の幕を下して
第一章の舞台を踏み台にして
第二章の物語を創作してる感じです。

”できるか できないか”なんかじゃない。
”やるか やらないか”なんやね。

やらないとできない。

やったらできる可能性がある。
できなかった理由もわかる。
そして失敗しても、きっとそれはいつのまにか糧になる。

できると自分を信じなかったら
年賀状も出すことができなかった。
たった5年で夢が叶った。

少しづつ、夢を目標に変えて叶えていきます。
できると信じて。
totona

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2014年1月1日。

あけましておめでとうございます。

totonaです。

年賀状2014ブログ

「今年の抱負」

って1年の初めにイメージする習慣はなかったけど

今年は、今年の目標を書き出してみました。

●totona-meiとして仕事を始める。
 カタツムリのような歩みやけど、準備しています。
 遅くても・止まっても・やめなければ、前に進める!

●スターバックスでお茶を飲む。
 2011年6月・ある女性の言葉でどんなに頑張っても、
 お店に足を踏み入れようとすると
 体中が震えだし、2013年12月も断念。
 今年こそ!乗り越える!

「決める」

ということがどんなに大事がわかりした。

「決める」

までが、勇気や覚悟がいるんやね。

そやけど、決めることで行動が付いてくる。
行動をするには、不安と恐怖なようなものがセットになってる。

不安な気持ちを解消するには、今のままをキープ。
行動しないことやと思う。

前に進むには、不安と恐怖も受け入れるしかない。
その先には、行動によって、イメージしてた自分や環境になれる。
そう信じてる。

「行動あるのみ!」

こんなシンプルな言葉を噛みしめてます。

2014年も、みんなにとってよい年でありますように。
今年もどうぞよろしくお願い致します。

totona

----お知らせ----
12月29日からメールの送受信ができなくなりました。
サーバーが1月6日からの営業なので問い合わせます。
復旧したら、お知らせします。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

もうすぐ 2013年のカレンダーが役目を終えますね。

totonaです。

年を重ねる事に、ますます1日・1年が長く
そして大切に感じる。

1年前が遠い昔のようで、1週間前が1か月前のような不思議な気持ち。
退屈なわけじゃないのになんでやろうか。

その理由を考えるけど、今の私にはわからない。
だから、考えるのをやめてみた。
5年後、10年後の私にはわかるのかもしれないと楽しみにしてる。

「来年の今頃は、どんな自分になっているのかな?」

そんなことも、よく考える。

そんな時、未来の私が 今の私に

「あの時ありがとう」

と言ってもらえるようにしたいと思うと
あと少し頑張れる。

そうやって、昨日・今日という毎日を
点と点で繋げていってるのに、そうやのに
思ってもいないような 夢でさえ見たこともない、
想像もしたことがない自分になってて驚くことがある。

だから、人生って苦しくもあり、楽しくもあるんやね。

1年前の私と今の私の違いを発見した。

「幸せ」

という目に見えないものを感じることができた。

幸せに条件なんて必要ないことに気づかせてもらった。
心で感じるものやったんやね。
自分だけ(自分さえ)やったら感じることができないんやね。

それに「幸せ」というものは、底なしの深さを持ってる。
感じる心を掴んだら、終わりがない。

どんなことにも、終わりがくると思ってたけど、違ってたね。
終わることのない素敵なものも、人生の旅にはあるんやね。

「ありがとう」

たった5文字の言葉に籠められた魂のようなものも体感できた。

まだまだ、気付かない世界が心の中には存在してるんやね。
すごい面白い! そう思う。

来年の今頃はどんなことを感じてるんかな。
楽しみにしておこう。

365日と366日はたった1日しか違わないけど
特別な1日やと、初めて思ってる。

一人一人、それぞれが歩いて創ってきた道を
誰かと比べることなく 振り返って、
褒めてみたり、反省したり、時には後悔したりして
新しいスタートをするのに、すごくきっかけになる感じがする。

もうすぐ、新しい1日のスタートですね。
それぞれみんな、大変なことも多いし、しんどいこともあったよね。
1年間、お疲れ様でした。
そして、ありがとう。

よいお年を totona。
2013年12月29日。

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時には潔さが必要

町ゆく人の動きが今年の終わりを感じさせてくれます。

totonaです。

「何かを手に入れたら 何かを手放さなければいけない」

そんな言葉をよく聞いてた。
それも、とてもいい考え方やと思う。
手に入れてから、手放す。

それでも、ときには
大切なものを本当に自分のものにしたかったら
どうしてもやりたいことがあったら

今、持ってる1番大切なものを手離す潔さも必要だと感じた。

安心なキープを持たないことは、しんどいかもしれないね。
それでも、中途半端にするより、苦しくても、もがいても
気持ちは凛とできる。

そこには、大切なものが自分のものになるかどうかもわからない
どっちも失うかもしれない

不安で怖くて勇気と覚悟がいるよね。

大人になると、世間の常識の中ですっかり考えが固定されてきて
勝手に自分の未来の限界を作ってしまうような気がするけど、
人は生きてる限り進化して成長できると思う。

20代の時には感じることができなかった命に終わりがくるということ。
20代の時には感じることができなかった体がだんだん健康でなくなること。
20代の時には考えもしなかった親が老いること。亡くなること。

これは自然現象やから、潔く快く受け入れようと思う。

大人の人は誰もがほんとは探してると思う。
子供みたいに損得なしに 本当に自分のしたいこと 好きなこと。

それはどこにも売ってないし、人真似では得ることはできない。

自分の中でしか見つからないと私は感じてる。
自分の中でしか探しだせないと思ってる。

人生の旅は永遠に続くものじゃないから
本当に自分の好きなことをしていいチャンスが
それぞれの人にやってくると思う。

大人になると、自分の気持ちだけじゃ
動けないこともたくさんあって 本当に辛い。

だからこそ、そのチャンスを見逃したくないよね。

その人自身の中から素直な気持ちで
でてくるものに絶対に無理な夢はない。
夢はみるものじゃなくて 叶えるものやもんね。

そんな私たち大人をたくさんの子供たちが純粋な目でしっかり見てる!
大人が夢を持たなかったら、子供たちも夢を持てない。

「大人はつまらん」

そんな子供たちの声をたくさん聴いてしまった。
大人がお手本にならな あかんよね。

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久しぶりに自分用のセーターを編んでます。
大好きな素敵な時間です。

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終わり

神戸では、小春日和が続いてます。

totonaです。

何年前やろうか。覚えてない。
この唄を初めて、観て聴いた時 うらやましいと思った。
うらやましくて仕方がなかった。

この唄を聴いて泣く人の心が、ちっともわからなかった。

「ある朝 命に終わりが来ることを 神さまにそっと知らされた」

この動画がすごく好きです。

今は、わかる。

みんなより早く自分の命に終わりが来ることは、
残された人に悲しいことなんやね。

世の中には、苦しくて、自分で自分の命の終わりを
未来に作っておかないと、笑顔で生きることができない人もいると思う。
その苦しみが永遠に続くと思ったら、そんな気持ちにもなるよね。
それでも、それは間違ってる。

20年ほど前、私が決めた命の終わりの設定は48歳だった。

今は、違う。
いつかわからないけど自分の命に終わりが来ることを、
心の隅で、いつも感じてたらそれでいいんやね。

今がどんなに辛くても、その辛さには 命より早く終わりがくるから。



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気楽な気持ち

木から葉っぱが旅立つ瞬間に出会いました。
くるくる舞い踊ってなんだか楽しそうにで見惚れました。

totonaです。

「もっと気楽に生きろ」

これは、なんども心療内科の先生に言われてた言葉の1つ。

私は、そのたび、先生の言葉を心に入れずに跳ね返してた。

「気楽になんて生きてたら、目の前の壁を登れないやん!」

今日、散歩しながら気楽という言葉の意味を考えてみた。

ふと思った。
私は気楽という言葉を勘違いしていた気がする。

「気持ちを楽に、もっと心に余裕をもって生きる」

ってことなんじゃないかな。

気楽って怠ける。苦労から逃げて楽な道をいく。
そんなことしてたら、低い壁しか登れない自分になってしまう。

そんな風に捉えてたけど、私が間違ってた気がする。

気楽に考えることによって、心に余裕ができて
問題にぶつかったときの壁の高さも、登り方も
ただやみくもに頑張るだけじゃなくて、冷静に見えてくる。

休憩しないとあかんときも
休息しないとあかんときもあることがわかる。

”気楽さは、心の余裕”
”怠けることでも、頑張らないことでもない”

そう思うと、大切なことやと、やっと気付いた。

今からの人生は、勇気と覚悟 夢と希望
それに”気楽さ”もかばんに詰めて旅を続けようと決めてみました。
荷物は増えたのに、楽になった気がします。

ずいぶん前に一眼レフで撮ったお花屋さんの花。
bara1.jpg

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変わらないこと

街にクリスマスの気配がほんのりやって来る。
このそわそわな感じがたまりません♪

totonaです。

人は成長していく途中でどんどん、変わっていく。
外見も変わっていく。(笑いじわは素敵やと思う)
環境も変わっていく。

変わりたくなくても、変わらないと変わり者と呼ばれたりしてしまう。

「もう、子供の頃みたいに 学生の頃みたいに 無邪気になれない」

そんな言葉もよく聴いたりする。

生きていくだけで、毎日が大変やから、責任もあるから
いつまでも、子供でいれないこともあるよね。
自分も年を重ねた分、親も年を重ねたりしてるから
いつまでも、学生気分でいれない気持ちもあるよね。

それでも、そうかな。そうなのかな。

本当は、変わらないでいることが、なんか怖くて、
変わったふりをしてるんじゃないのかな。

”自分はもう大人やねん”

ってぐるりと周りの人たちと見比べながら、
頑張って合わせてようとしてるんじゃないのかな。

”大人ってこんなもん。”

そんなマニュアルをいつの間にか 知らないうちに掴まされて、
みんな一生懸命に頑張ってる。

そんな風に感じてる。

小さな子供たちが、それぞれに素晴らしい個性があるように
大人にだって、それぞれに素晴らしい個性があると思ってる。

男の人も女の人も周りに合わさないとあかん時期もある。

だけど、40年も45年も生きてきたら、
もう1度、小さな頃の自分のように
本当に思ってること、好きなこと、感じてたこと
あの頃と変わらないことでいる自分を
心の引き出しを、こっそり開けてみて
探して見つけてあげるって大切なことやなぁと想う。

そんな変わらない芯を、心のどこかにしまってたからこそ、
それぞれに40年以上生きてこれたんやと思ってる。

変わらないでいる自分を1つ見つけ出して来れたら
これからの人生は、きっとわくわくするね。

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一眼レフ、壊れずにいてくれました。
何年ぶりの撮影かな。
玄関のカーテンが可愛いすぎる。誰かのお家。

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不安な気持ち

あんなに暑かった夏もいつの間にか
季節が秋に変わりましたね。
秋の空は綺麗です。

totonaです。

不安で心の中が埋め尽くされていると
その不安がまた次の不安をどんどん連れてくるという
魔のスパイラルに陥って、もがき倒したことがある。
心ってほんまに不安で押しつぶされるんやと実感しました。

もう、力尽きるくらいもがいて気付いたこと。

どんな状態の時も、どんなに恵まれた環境の人も
誰だって、不安な気持ちを抱えてるんやね。

素敵な家族に囲まれて、幸せな人から

「将来ボケたらどうしよう」

なんて言葉を聞いた時、

「そうなんや!」

って思った。

未来に起こるかもしれない出来事を想像して
不安な気持ちで生きるのは、そのことを考えてる時間が
めちゃめちゃもったいないやん。

レンタル映画借りて、観てた方がええやん。
撮り貯めてるドラマ、観てた方がええやん。

そう感じました。

それよりも、まさに今、目の前に現れてきた
”不安”という見えないものが姿を現した時、
1つ1つ丁寧に精一杯、解決していくことによって、
自分の進む道ができる。自分の後ろに。
そうして、不安を乗り越えてまた、前を向いて進んでいく。
時々、振り返ると、自分で創って進んできた道は面白い。

人生はこの繰り返しかもしれないなぁ
なんて思ってみた。
それなら、この不安というものと、上手く付き合っていく
コツを掴んでしまおう。と、企んでいる。

不安な気持ちの時に1番いいのは、笑い飛ばしてくれるくらい
パワーのある人に話を聴いてもらうこと。
(ただテンションの高いだけの人は、私避けます)

私は、これで、何度も何度も救われた。
「この話、めっちゃ悲惨やん」
っていうことも、
「がっはっはぁ~~~~ 大丈夫やって」
なんて笑い飛ばされると

「あれ、そんなたいそうなことじゃなかったかも」
なんて、妙な思いも生まれてくる。

そんなパワーのある人たちは、
「それってどん底ですね」
っていうくらいの苦労や経験をしてるからすごい。

昔の人はいい言葉を残してくれてる。
「笑う門には福きたる」

福がやってきたから笑うんじゃなくて
笑ってる人のもとへ福はやってくるんやね。

不安なとき、苦しい時に笑うのは、難しい。
だから、笑ってる人のそばへ行くのがいい。
いつも機嫌がよくて、笑ってくれてる人は心地がいい。

怪しすぎるお店で発見。
あの場所は宝島かもしれない。

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古い、どこかの国の小さなガラス瓶。

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楽しいと幸せ。

川の音がざぶ~んと波のように雨音の合間から聴こえてきます。

totonaです。

2008年の6月に体調を崩して以来、頂いた手紙にもハガキにも
ポストに届けられた年賀状にも返事をしていませんでした。
メールも読めない時期が続き、返事をしていませんでした。

返事も書かない私に優しさを届けてくださった方
今もこうしてブログを読んでくださってる方、ほんとにありがとう。

数え切れないくらいのことができなくなってから、
そして数えれるくらいやけど、出来ることが少しずつ増えだしてから
いつの間にか5年と3か月の月日が流れました。

当たり前に出来て小さいことやけど、同じ作業を長時間できない私にとって
近い未来の大きい目標の1つは、年賀状を書いて出すこと。

”もう なんも出来へん”

と、みっともないくらい何度も自分を諦めそうになった私が、

”今日出来ることを探している今”

に全身で幸せを感じてます。

気付いたことがあります。
楽しいと幸せは違うということ。

どっちも素敵な感覚やけど、2つは双子のように似てるけど違う。

5年前の私は、そんなことを考えたこともなかった。

楽しいは、お金でも買うこともできる。
買い物に行って好きなものが手に入ったら楽しい。
ディズニーランドに行って楽しい。
楽しいは、ある程度の条件が揃えば、たぶんほとんどの人が感じれる。

そして、ものすごく怖いけど、
楽しい感覚は人を傷つけても快楽という楽しさになってる。

人をいじめて楽しんでる人もきっとそう。
人の悪口を言って楽しんでる人もきっとそう。
自分のことしか考えてない人もきっとそう。

幸福感は、人を苦しめては得れないと思う。

大切な人がいる。その人の幸せを祈れる。その人が笑ってくれる。
私は子供たちが笑ってくれてたら、元気だったら
どんな状態の時でも、とても幸せな気持ちにさせてもらえる。

おにぎりが美味しく食べることができる。
夕日が綺麗だと感じることができる。
大好きなコーヒーが飲めるようになった。

”私は幸せやなぁ”

声に出して言ってみることにしてる。
けっこうな大変な事態の時でも、これで乗り越えられたりする。

幸せは、空からも降ってこないし、歩いても来ない。
心で感じるものやと思うようになった。

どんなことが幸せかは人によって、全然違うと思う。そやけど

当たり前のことを、当たり前と思わないことが大切やと感じてる。
幸せを人と比べないことが大切やと感じてる。

幸せを感じる心があると、幸せがどんどん増えてくるねん。
私はこんなに大人になるまで、そんなことにも気づかずに生きてきた。

どんなときも、幸せを感じる心をなくさないように大切にしようと思ってる。

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週に1度は立ち寄る怪しげなお店で宝物を発掘した。
めっちゃ嬉しい。
嬉しい・・・これは幸福感かな?
まだまだ、修行中です。

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